大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)24915号 判決

原告

株式会社東日本銀行

右代表者代表取締役

吉居時哉

右訴訟代理人弁護士

田口尚眞

小池郁男

被告

共済メール株式会社

右代表者代表取締役

広瀬郁夫

被告

広瀬郁夫

右被告ら訴訟代理人弁護士

大久保建紀

主文

一  被告らは、別紙物件目録その二記載の雑誌を、印刷、製本、販売又は頒布してはならない。

二  原告のその余の主位的請求を棄却する。

三  被告らは、別紙物件目録その一記載の雑誌につき、別紙記事等目録記載の表紙表題及び記事を削除又は抹消せよ。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(主位的請求)

1  被告らは、別紙物件目録その一記載の雑誌五万〇二三八冊を廃棄せよ。

2  主文第一項同旨

(予備的請求―主位的請求1について)

主文第三項同旨

第二  事案の概要

一  事案の骨子

原告は、被告らに対し、被告らが発行を予定して製本済みの雑誌(月刊誌)に掲載されている別紙記事等目録記載1の表紙表題(以下「本件表題」という。)及び同目録記載2の記事(以下「本件記事」といい、本件表題と本件記事を合わせて「本件記事等」という。)が、原告の名誉・信用を毀損するとして、名誉権に基づき、主位的に、①右雑誌の廃棄、②本件記事等又はこれと同内容の表紙表題及び記事を掲載した雑誌の印刷、製本、販売又は頒布の禁止を求め、①が認められない場合は、予備的に右雑誌の本件記事等の削除又は抹消を求めるものである。

二  争いのない事実等(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない)

1  当事者

原告は、大蔵大臣の免許を受けて銀行業を営む株式会社である。

被告共済メール株式会社(以下「被告会社」という。)は、出版業、日用品雑貨等の販売及び輸入業を主たる業務とし、被告広瀬郁夫(以下「被告広瀬」という。)と共に、月刊誌「共済ニュース」を刊行する株式会社であり、被告広瀬は、被告会社の代表取締役である(甲一、三〇の三、四五、四六)。

2  原告が名誉権侵害を主張する雑誌の記載内容及び被告らによる所有等

被告らは、平成八年一二月二五日に刊行予定であった共済ニュース平成八年一二月号No.四四一に、本件記事等を掲載することを企画し、本件記事等を掲載した右雑誌(以下「本件雑誌」という。)を少なくとも五万〇二三八冊、共同で印刷、製本し、所有している(甲三一ないし三四、三五の一、二、四五、四六)。

三  争点

1  販売・頒布前の雑誌の廃棄、一部抹消・削除、一定内容の表題・記事が掲載された雑誌の販売・頒布等の禁止を命じることは、憲法二一条二項が禁止する検閲に該当するか否か。

2  本件記事等につき、事前差止め等の事前抑制が許されるための要件の有無具体的には、次のとおり。

(一) 本件記事等の内容は原告の名誉を毀損するか。

(二) 本件記事等の内容は真実であるか。

(三) 本件記事等は、専ら公益を図るものでないことが明白か。

(四) 本件記事等が頒布等されたときは、原告は重大にして著しく回復困難な損害を被るか。

(五) 本件記事等につき事前抑制が許されるとして、いかなる態様及び程度でそれが許されるか。

四  争点に対する当事者の主張

1  争点1(検閲該当性)

被告らは、原告が本件訴訟で求めていることはいわゆる焚書行為であり、憲法二一条二項が規定する検閲の禁止に違反し許されない旨主張し、原告はこれを争う。

2  争点2(一)(本件記事等の内容は原告の名誉を毀損するか)

原告は、本件記事等が一般公衆の目に触れることになれば、読者はこれを真実と受け取るであろうから、原告の名誉は甚だしく害され、公的金融機関としての信用は著しく毀損されると主張し、被告らはこれを争う。

3  争点2(二)(本件記事の内容は真実に反するか)

原告は、①本件記事中にある預掛金担保差入証の「担保の表示」欄の補充記入は、被告らの承諾を得て、原告と被告らとの間で予めなされていた合意の内容に従ってなされていたものであり、②原告は、被告らに対し誠意をもって対応してきたとして、本件記事は全く事実に反する虚偽のものであって、被告らの捏造にかかるものであると主張し、被告らは、本件記事は、全て真実であると主張している。

4  争点2(三)(本件記事等は専ら公益を図るものでないことが明白か)

(原告)

本件記事等は、被告らが原告側及び他の銀行関係者に対して宛てた通告書ないし警告文書の内容や被告らとのこれまでの交渉経緯からみて、原告との交渉や調停において自己の要求が受け入れられなかったことに対するいわば報復的なものであり、原告を威圧し、その畏怖、困惑に乗じて自己の要求を受け入れさせようとするものであって、専ら公益を図るものでないことは明白である。

(被告ら)

原告は銀行法に基づく公器であり、銀行法一条は、銀行の公共性を明らかにし、その公共性の内容の一つとして、預金者等の保護をあげているところ、預金者等の保護は、一般的に預金の保護をするというだけでなく、具体的・個別的な預金者の預金の保護も含まれるべきであり、銀行が債権者として自己の債権確保のために債務者の預金を不法・不当に拘束するような本件の如き行為をも排斥している。

本件記事等は、公共的性格を有する原告が、本来なしうべからざる行為をなし、そのことにより被告会社が、不法、不当に定期積金を拘束され、ついては相殺されてしまうことにより資金の困窮に陥ったことを公にし、もって、公益を図ろうとするものである。

被告らには、原告に対する怒りもあるが、被害者としての怒りが含まれるからといって、公器である銀行の不法・不当な行為を世に訴えることが、専ら公益を図る目的のものでないとはいえない。昨今の証券・金融機関の不祥事について真実を知ることは一般国民には重要なことであり、銀行が私企業性を隠れ蓑にして、公器性を免れることはできない。

5  争点2(四)(本件記事等が頒布等されたときは、原告が重大にして著しく回復困難な損害を被るか)

原告は、本件雑誌が、出版、刊行され、本件記事等が一般公衆の目に触れることになれば、読者はこれを真実と受け止めるであろうから、原告の名誉は甚だしく害され、公的金融機関としての信用も著しく毀損され、回復しがたい損害を被るおそれがあると主張し、被告らはこれを争う。

6  争点2(五)(本件記事等につき事前抑制が許されるとして、いかなる態様及び程度でそれが許されるか)

原告は、①原告に対する報復ないし威圧の手段として本件雑誌をみた場合、本件記事は、本件表題と相俟って、一冊の雑誌の中に存することに大きな意義がある。即ち、単なるビラではなく、共済組合員五〇〇万人に読まれている発行部数五〇万部の雑誌に本件記事が掲載されているということが、原告を畏怖させ、困惑させ、その名誉を毀損するためには重要なのであるとし、名誉権に基づく妨害排除請求として、本件雑誌全体についてその廃棄を求め得るし、求める必要がある、②本件雑誌は、月刊誌であるから、本件表題及び本件記事(本件記事等)を切除または抹消して刊行することも、仮処分時にはまだ意義があったが、現在では、時季を大幅に過ぎており、本件雑誌は月刊誌としては全く意味がなくなっている。しかも、本件雑誌を月刊誌として発行できなくなったのは、事実無根であることを自覚しながら、あえて原告の名誉を毀損する本件記事等を掲載した雑誌を刊行しようとした被告ら自らの責任である。従って、雑誌全体を廃棄しなければならないとしても、被告らに何らの不利益、損害を与えるものではなく、当然に許されると言うべきである、③仮に、本件雑誌の廃棄が許されないとしても、少なくとも本件雑誌中の本件記事等の削除又は抹消は許されるべきである、④被告らは、本件記事の内容が真実でないことを知りながら、あえて本件雑誌を印刷、製本したのであり、今後も同様の行動に出る虞が大きく、したがって、別紙物件目録その二記載の雑誌の印刷、製本、販売又は頒布という表現行為に関する限り、これを事前抑制することも、原告の名誉権に基づく妨害予防請求として認められると主張し、被告らは、これらをいずれも争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(検閲該当性)について

憲法二一条二項前段にいう検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき、網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべき(最判昭和五九年一二月一二日・民集三八巻一二号一三〇八頁)であり、私権(名誉権)に基づいて、本件雑誌の廃棄や本件記事等の内容を記載した雑誌の販売、頒布等の禁止を求める原告の請求が、検閲に該当しないことは明らかである。

二  争点2(一)(本件記事等の内容は原告の名誉を毀損するか)について

1  一定の表現行為が法人を含めた人の名誉を毀損するか否かは、名誉が人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価であることからいって、当該人の社会における地位、役割、表現行為の態様、その他諸般の事情を斟酌して、客観的に判断されるべきである。

2  前記争いのない事実等及び甲二九号証の一、三〇号証の一、二、証人兼子の証言、被告広瀬の供述によれば、①原告は、大蔵大臣の免許を受けて銀行業を営む株式会社であり、顧客を含めた一般人の原告に対する信頼を基礎として業務を行っていること、②共済ニュースは、昭和二八年に創刊され、平成八年一二月号で通巻四四一号となる歴史のある月刊誌で、官公庁、公務員、特に地方公務員を対象として各号通常約四四万部が発行される雑誌であること、③本件表題の内容は、別紙記事等目録記載1のとおりであり、また、本件記事の内容は、別紙記事等目録記載2の①ないし④(以下それぞれ、「本件記事①、②、③、④」という。)のとおりであることが認められる。

右に認定した本件記事等の内容及び共済ニュースの歴史、発行部数、販売、頒布対象を考えると、本件雑誌が販売又は頒布され、あるいは、本件記事等と同内容の記事等が掲載された雑誌が販売、頒布されたときには、不特定多数の読者が本件記事等の内容を真実として受け止め、さらに読者から他の者へ本件記事等の内容が真実として伝わる等して、原告の信用に対する社会的評価を著しく低下させるに至ることは明らかというべきである。したがって、本件記事等の内容は、原告の名誉を毀損するものと認められる。

三  争点2(二)(本件記事等の内容は真実に反するか)について

1  本件記事等の内容は、前記二2で認定したとおり、具体的な事実を摘示しながら、原告が刑法上の変造と疑われる犯罪行為を公然と行っていること、かかる悪質な行為を行っているにも拘わらず原告の顧客である被告会社に対する対応は不誠意極まりないものである等を記述するものである。

そして、本件記事の内容を読むと、本件記事①の「刑法上の変造と疑われる犯罪的行為」、本件記事②の「計画的犯罪行為」、本件記事③の「悪質な行為」、本件記事④の「違法行為」とは、「原告は、被告会社の承諾を得ずに、被告会社が署名(ないし記名)捺印した預掛金担保差入証に、被告会社が担保設定を予定していなかった預金の追加記入をし、さらに、被告会社をして、被告会社が担保設定を予定していた預金に関する書類と誤信させて、白紙の定期積金払戻請求書に捺印させ、もって、被告会社が担保設定を予定していなかった定期積金をも担保として拘束した、これは原告の支店ぐるみの計画的犯罪行為である」ということであると理解される。

2  そこで、原告に本件記事に記載されたような犯罪行為等があったか否かを判断する。

(一) 甲二号証ないし二三号証、四八、五一、五四号証、乙一号証、乙二号証の四、乙三号証、証人兼子の証言によれば、次の事実が認められる。

原告と被告会社は、平成三年一月三一日、両者間の証書貸付、手形貸付、当座貸越、被告広瀬及び広瀬芳江(以下「芳江」という。)は、同日、原告に対し、被告会社が右取引等において原告に対し負担する一切の債務について、被告会社と連帯して保証することを約し、その後、手形貸付、証書貸付等による融資取引を継続させていたところ、被告会社は、平成五年初旬、運転資金を確保するため、被告会社の経理責任者であった青柳経理課長(以下「青柳課長」という。)を通じて、原告に対し、運転資金として三五〇〇万円の融資申込みを行った。

原告と被告会社との間には、前記基本取引約定及び同取引約定に基づく手形貸付、証書貸付等による融資取引があり、原告は、被告会社に対する債務を担保させるため、連帯保証人である被告広瀬等が所有する不動産に根抵当権の設定を受けていたが、原告による右融資申入れ時の同担保不動産の評価額は当初の八億六〇〇〇万円から五億七二六〇万円に下落し、当時既に存した貸付金残高は八億六〇三五万円であり、いわゆる担保割れの状態となっていた。そのため、原告は、被告会社からの前記融資申込みに対して、同融資申込金額の担保のためだけではなく、それを含めた被告会社との間の基本取引の担保を補完するために、被告会社が有する定期性預金、即ち、定期預金四口及び定期積金三口につき担保差入れさせることを融資の条件とすることとした。当時の定期預金及び定期積金の預金残高は合計五六八九万三〇〇〇円であった。

原告の兼子仁良行員(以下「兼子行員」という。)は、平成五年二月二五日、前記融資申込みに対する融資を実行するため被告会社に赴き、被告会社の経理責任者であった青柳課長と面接し、必要書類である預掛金担保差入証一通、定期積金払戻請求書三通の作成及び定期預金証書四通各裏面の元利金受取証部分の記名捺印を依頼したところ、青柳課長は、被告広瀬自身による押印等が必要であるとして、当時、被告広瀬が詰めていた被告会社の店舗に被告広瀬を呼びに行った。被告広瀬は、被告会社に戻ると、各書類の署名捺印、記名捺印を行った。この時、預掛金担保差入証の担保の表示欄は未記入の状態であり、また、定期積金払戻請求書は表題の定期積金の箇所に○印が付され、口座番号が記入されていた外は、金額欄等未記入の状態であった。その後、兼子行員は、担保の表示欄が未記入の預掛金担保差入証一通及び定期預金証書四通並びに金額欄と未記入の定期積金払戻請求書三通を受領し、原告に持ち帰り、原告から被告会社への三五〇〇万円の融資実行がなされた(以下「本件融資」という。)。

原告は、被告会社に対し、平成六年二月一〇日、九〇〇〇万円の、同年四月二六日、八九〇万円及び一九〇〇万円の、同年五月一三日、三〇〇〇万円の融資実行を行った。

青柳課長は、平成六年四月中旬、原告会社を訪れ、担当者に対し、預掛金担保差入証原本の閲覧を申し向け、その際、被告広瀬が同五年二月二五日の担保差入れ(以下「本件担保差入れ」という。)につき納得していない旨を述べた。

(二) 右認定事実によれば、原告は、被告会社の青柳課長に対し、本件融資実行の条件として、本件融資分のためだけではなく、両者間の基本取引に関する担保の補完として担保の追加を求めること、そのためには被告会社に被告会社が当時有していた定期性預金全てを、即ち定期預金四口及び定期積金三口を担保として差し入れてもらう必要があることを説明していたことが認められるうえ、本件融資時に記名捺印がなされた書類は、預掛金担保差入証一通、定期預金証書四通、定期積金払戻請求書三通であるが、定期預金証書の通数と定期積金払戻請求書の通数が異なっていること、しかも、定期積金払戻請求書には、被告広瀬が記名捺印を行う際に、金額欄の記載はなくても、定期積金の表示に○印が付され、更に口座番号も記載されていたことに照らして考えると、被告広瀬は定期積金払戻請求書が定期預金関係の書類とは別個の書類であることを認識していたものと推認される。これらの事実に加えて、被告広瀬が担保の表示欄が白紙の状態であったこと及び定期積金払戻請求書が定期預金の担保差入れに関する書類とは別個の書類であることを認識していながら、平成六年四月中旬までは原告に対しこれらのことを全く問題にしておらず、しかも、この間、原告から本件融資とは別の融資を受け、更に、右四月中旬以降も融資実行を受けていたことからすると、被告広瀬は、定期預金ばかりでなく定期積金についても、担保差入れを了承していたことが認められ、乙一、三号証及び被告広瀬の供述のうち、右認定に反する部分は、(一)に掲げた他の証拠に照らして採用することができない。

また、右認定のとおり、被告広瀬が定期積金についても担保差入れを了承していたこと及び被告広瀬自ら担保の表示欄が記載されていない書類に右未記入状態を認識しながら記名捺印等していることにかんがみると、被告会社は原告に対し、未記入部分の記入を委ねていたものと解される。

したがって、本件記事に記載されたような犯罪行為等はなく、本件記事はその主要部分において真実に反するものと認められる。

3  なお、原告が、「悪質な行為をしているにも拘わらず、対応は誠に不誠意極まりない態度で終始している」との本件記事③の事実の存否についても、判断を示しておく。

(一) 2で認定したとおり、原告は本件担保差入れに関して悪質な行為を行っているということはできず、「悪質な行為を行っている」との表現は、真実に反する。

(二) また、甲二四号証ないし四八号証(枝番のあるものは枝番を含む)及び被告広瀬の供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告会社は、原告に対する証書貸付金債務の約定返済の延滞を生じさせ、同年八月八日、同債務に関する期限の利益を喪失した。そこで、原告は、平成七年四月二六日、千葉地方裁判所一宮支部に対し、被告会社所有の不動産につき不動産競売の申立て(同裁判所平成七年(ケ)第五四号)を行い、同月二七日、東京地方裁判所に対し、被告広瀬及び芳江所有の不動産につき不動産競売の申立て(同裁判所平成七年(ケ)第一五六二号)を行い、いずれも不動産競売開始決定がなされたが、被告らは、同年五月二四日、被告会社が右証書貸付金債務の支払を中止したのは、原告の書類の変造的行為及びその後の誠意のない態度に被告らが憤慨したためであるとして、東京簡易裁判所に対し、原告を相手方として債務弁済協定の調停申立てを行った。原告は、右調停事件に対応したが、被告らは、自己の要求が受け入れられないことがわかると、右調停事件の一方的な打切りを主張し、右調停事件は、平成八年四月八日、調停不成立で終了した。

被告広瀬は、平成八年六月二五日、発行予定の「共済ニュース」七月八月合併号(以下「本件合併号」という。)を持参して原告本店に来店し、本件合併号に掲載された本件記事と酷似した記事(以下「本件類似記事」という。)を見せ、頭取に面会を求めた。原告は、自らの行為の正当性を主張するとともに、本件合併号が刊行された場合には、被告会社及び被告広瀬の責任を断固として追及する旨を伝えた。

その後、被告会社の取締役である尾島健一(以下「尾島」という。)から、原告に対し、被告広瀬を説得して本件合併号の刊行を中止させるので、原告との間で、正当な債務弁済に関する協議を円満に行いたい旨の申入れがあった。そこで、原告は、被告会社代理人尾島と協議をし、その結果、原告と被告会社は、平成八年七月一二日、原告が、被告会社から二三五〇万円の債務弁済を受けるのと同時に、被告広瀬及び芳江所有の東京都豊島区の不動産に関する根抵当権設定契約を解除し、同根抵当権設定登記の抹消登記手続を行い、かつ、右不動産を目的とする不動産競売事件(東京地方裁判所平成七年(ケ)第一五六二号)の取下げをする旨の合意をしたところ、即時に右合意が実行され、その結果、被告会社は、原告に関する本件類似記事を削除した本件合併号を発行した。

ところが、今度は、被告らは、原告に対し、被告会社所有の千葉県夷隅郡の不動産にかかる前記不動産競売事件(千葉地方裁判所一宮支部平成七年(ケ)第五四号)に関する平成八年一〇月三一日付け期間入札通知書の写しを添えて、本件記事を掲載した本件雑誌を五〇万冊用意し、これを配布、回覧するとの内容の通告書を送付した。

被告らは、原告に対し、平成八年一一月八日付け及び同月一一日付け文書により、本件雑誌を共済組合員五〇〇万人に、そして原告の各支店周辺に、重点的に配布する旨並びに本件雑誌五〇万冊を、各公共機関、各種報道機関及び金融機関に配布する旨通知した。

原告は、被告らに対し、本件記事は事実無根であるから、本件雑誌から本件記事及び本件表題(本件記事等)を削除するようにと、文書をもって要請したが、被告らは、同文書の受取りを拒否した。

原告は、本件訴訟提起の準備を始めたが、尾島から、本件雑誌は、平成八年一一月二五日に印刷、製本を終えて千葉県夷隅郡岬町椎木〈番地略〉の共済物流センターに納入され、その後、二、三日内に各購読者に発送される予定であると知らされたことから、東京地方裁判所に対し、本件雑誌の頒布禁止の仮処分の申立て行い、同月二五日、仮処分決定を得たうえで、執行に及んだ。すると、右仮処分が執行された平成八年一一月二六日、被告広瀬は原告に連絡をとり、話し合いを要求した。

右翌日、被告広瀬指名の原告担当者が被告広瀬と面会したが、話合いの内容は相変わらず自己の主張を一方的に繰り返し、前記競売事件の申立ての取下げを要求するのみであった。

(三) 右認定にかかる経過によれば、原告の被告会社に対する対応は、金融機関として不誠意とはいえず、原告の対応に関する本件記事の表現もまた真実に反するものと認められる。

四  争点2(三)(本件記事等は、専ら公益を図るものでないことが明白か)について

前記三、3、(二)で認定した経緯によれば、被告らは、本件記事等の掲載された本件雑誌の刊行、配布等を予告して、原告から不動産競売申立ての取下げ等の有利な交渉成果を引きだそうとしたことが認められ、被告らの主たる意図は、原告の畏怖、困惑に乗じて原告から経済的な譲歩を得ようという不当な目的にあったといわざるを得ない。したがって、本件記事等が、専ら公益を図ることを目的とするものではないことは明らかである。

五  争点2(四)(本件記事等が頒布等されたときは、原告が重大にして著しく回復困難な損害を被るか)について

前記二、2で判示したとおり、本件記事等の内容及び共済ニュースの歴史、発行部数、販売頒布対象を考えると、本件雑誌が販売又は頒布され、あるいは、本件記事等と同内容の記事等が掲載された雑誌が販売、頒布されたときには、不特定多数の読者が本件記事等の内容を真実として受け止め、さらに読者から他の者へ本件記事等の内容が真実として伝わる等して、原告の信用に対する社会的評価を著しく低下させるに至ることは明らかであるから、原告は、重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認めることができる。

六  争点2(五)(本件記事等につき事前抑制が許されるとして、いかなる態様及び程度でそれが許されるか)について

1 名誉権に基づく妨害排除ないし妨害予防請求としての表現行為に対する事前抑制の可否ないしその態様・程度を検討するにあたっては、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法二一条の趣旨に照らして、名誉権という法益保護のために、当該排除ないし予防の手段が必要でかつ最少限度のものであることを要するものと解される。

2 そこで、右の観点に立って、まず、既に印刷・製本されている本件雑誌にかかる妨害排除請求(原告の主位的請求1及び予備的請求)について検討する。

甲四五、四六号証、乙四号証、被告広瀬の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告らは、本件記事等を掲載して印刷・製本を終えた本件雑誌五万〇二三八冊を依然として占有している(ただし、現在は、仮処分の執行によって東京地方裁判所ないし千葉地方裁判所一宮支部の執行官が保管)こと及び被告会社及びその代表者である被告広瀬は、現在倒産状態に陥っているが、被告広瀬は、被告会社が原告によって潰されたとして、原告に対して強い恨みを抱いており、被告会社が潰れても、今後も原告の銀行としての正しいあり方を追及して闘う旨宣言していることが認められる。

右事実によれば、本件雑誌は、月刊誌としては出版の時季を逸してはいるものの、被告らが、印刷・製品済みの本件雑誌のうち、本件記事等の掲載部分がこのまま放置されれば、被告らがこれを利用して、原告の名誉を侵害する行為に及ぶ危険性はなお存在するものと認められる。

雑誌の廃棄、記事の一部削除又は抹消は、表現行為に対する抑制であるうえ、財産権に対する制約でもあり、原告の名誉権を守るための妨害排除行為は認められなければならないが、その態様は、可能な限り被告らの右利益ないし権利も守られる必要最少限度のものにとどめられなければならない。

この観点から考察すると、原告の名誉権が守られるためには、本件雑誌の廃棄までは必要ではなく、本件記事等の削除又は抹消で必要にして十分というべきである(本件合併号においても、本件類似記事が削除されて発行されたことは、先に認定したとおりである。)。

したがって、原告の主位的請求1は理由がないが、予備的請求は理由がある。

3 次に、本件記事等と同内容の記事等が掲載された雑誌の印刷、製本、販売又頒布の禁止を求める妨害予防請求(原告の主位的請求2)について検討する。

先に認定したとおり、被告らは、本件合併号に本件類似記事を掲載し、原告に経済的な譲歩を迫り、さらに本件記事等を掲載した本件雑誌で再び経済的な譲歩を迫ったものであり、被告広瀬が、被告会社が潰れても、今後も原告の銀行としての正しいあり方を追及して闘う旨宣言していることなどを考慮すると、被告会社が、現在、共済ニュースにつき休業届を出していること(被告広瀬の供述)を考慮しても、さらに本件記事等と同内容の記事等が掲載された雑誌の印刷、製本、販売又は頒布が被告らによってなされる可能性が高いものといわざるを得ない。そして、原告の求める禁止行為の対象は、内容が明確に特定された本件記事等であるから、被告らの表現、出版の自由を不当に侵害することにもならない。

したがって、原告の主位的請求2は理由がある。

七  むすび

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田剛久 裁判官徳岡由美子 裁判官廣田泰士)

別紙物件目録その一

一 月刊「共済ニュース」一二月号平成八年No.四四」

ただし、「表紙の『特集東日本銀行の犯罪的行為を問う!』との表題及び一頁の『仮面をかぶった東日本銀行の犯罪的行為―東日本銀行の横暴な姿勢を問う!―』に関する記事」の記載がある雑誌。

発行人 広瀬郁夫

発行所 共済ニュース出版社こと広瀬郁夫

別紙物件目録その二

一 月刊「共済ニュース」

ただし、「仮面をかぶった東日本銀行の犯罪的行為―東日本銀行の横暴な姿勢を問う!―」に関する記事(その内容は別添記事の写(一)(二)参照)又はこれと同様の内容の記事を掲載し、表紙に「特集東日本銀行の犯罪的行為を問う!」又は「仮面をかぶった東日本銀行の犯罪的行為」若しくはこれと同様の表題を記載した雑誌。

発行人 広瀬郁夫

発行所 共済ニュース出版社こと広瀬郁夫

別紙記事等目録

1 表紙記事

表紙の「特集東日本銀行の犯罪的行為を問う!」との表題

2 記事 一頁の「仮面をかぶった東日本銀行の犯罪的行為―東日本銀行の横暴な姿勢を問う!」と題した次の内容の記事

① 「東日本銀行は、公的金融機関である銀行として考えられない刑法上の変造と疑われる犯罪的行為を公然と行っている」

② 「支店長自ら音頭を取り東日本銀行支店ぐるみの計画的犯罪行為により、預掛金担保差入証を白紙のままで署名捺印させ、担保の表示には白紙のまま持ち帰り署名捺印がなされている書類の後に預金を勝手に追加記入し(字体が明白に異なる)更には定期積金払戻請求書を持ってきて担保差入証と連動しているのでと、言って欺き、これも白紙のまま捺印させその書類を以って全ての定期預金及び定期積金を拘束した」

③ 「東日本銀行はこの様な悪質な行為をしているにも拘わらず、対応は誠に不誠意極まりない態度で終始している」

④ 「共済メール(株)は東日本銀行の違法行為により、社会的信用も失墜し経営的にも窮地に追い込まれている」

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例